日本行動日。夏服の売られている今がチャンスの、スタッフのユニフォームを探しに都内へ。
埼玉県民の「都内」といえばの池袋。
西武のデパ地下に、気になるお好み焼き屋が出ているというので、まずはランチ。
みっちゃん横川店分家。期間限定で入っているみたいです。

分家とか、総本家とか、半分外国人で根なし草の私には実感が難しくなってきている概念ですね。田舎のほうだとまだ気にするんですかね?伝統というかルーツというかというものに。総本家だと、分家たちのために何か便宜をはかってやるなどの、ノブレス・オブリージュ的なものがあるのでしょうか。ただ威張りたいだけでないことを祈ります。
牛すじも、広島風も、普段なかなか食べられないもので、ありがたく美味しかったです。
店舗数が多くはない、ワークマン女子。約一名、そろそろ他の子と同じユニフォームが入らなくなりそうな子がいるのが、悩みの種です。


三省堂に立ち寄り。

海外、特に日本の書店実店舗がないマニラ界隈にいると、本=電子書籍をしばらく続けていた身分からすると、大量の書籍がおいてある場所って、恐れ多い場所に思います。読まれては捨てられる雑誌も、部数が減ってきたとはいえ大量に準備されていて、本棚のむこうに森林がチラチラ見えるような錯覚も。文化や文明って自然の犠牲の上に成り立つものです。
最近読了の電子書籍。浜田 岳文著 『美食の教養――世界一の美食家が知っていること』

本書冒頭にあるソクラテスの言葉と、それと対をなす言葉。

私はどちらかというと、「食事は生きるため」人間なのですが、その一方で、食が生む感動も大切にしたいところがある人間だということが、読んでいて認識できる本でした。両極端の間を行ったり来たり。
「美食」が意味したい事柄を一言で表すよい日本語はまだないという主張で、「ガストロノミー」が、筆者が人生を通してもとめているものなのだそう。
曰く「食事と文化の関係を考察することをいう。料理を中心として、様々な文化的要素で構成される。すなわち、食や食文化に関する総合的学問体系」。
料理人というクリエイティブな人間の創り出す、文化も内包した美味しいものを楽しむということだそうです。一応文化人類学の好きだった自分としては、食を文化と創造性の面から愛でるという、ありかたもありなんだなと思う本でした。
ただ、そちら方面に全ふりしてしまう(筆者がそう)と、かなり偏っているし、日々腹をたてたり失望することも多そうなので、あくまで、食のこういう楽しみ方もあり程度に留めておくのが、自分にとってはよいものでした。
こういう方向で考えると、日々リゾートの食事について色々考えて実践してくれている奥さんも、この筆者寄りの特性を持った人なのかもと思えてしまいます。フィリピンならではの食材を使いながら、日本のゲストさんの舌にもうれしい食事を作り出してくれていることを、もう少しわかりやすく紹介する仕組みもあっていいかもしれませんね。
夜は、西武デパ地下の寿司政。8月1日から年末までデパ地下全面改装だそうで、年内にまた一時帰国したとしてもイートインは叶わないことがわかったタイミングで一度これてよかったです。


更にデパ地下で北海道物産をつまみに買って帰途につきました。
明日は、お父さんの一周忌で静岡へ。交通事故らず無事に帰ってこれますように。
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