フィリピン3人娘と歩く“濃い京都”最終日|哲学の道・銀閣寺・三十三間堂

京都滞在もいよいよ最終日。
ホテルは朝のうちにチェックアウトして、荷物はフロントに預けておく予定だったのですが、見事に無人。でも、ワイヤーロックコーナーが準備されていて、置いてある説明書きをよく読めばなんとかなるシステム。

先日人がいて、時間より早くチェックインできたのは、たまたまラッキーだったんですね。無人チェックイン・アウトと無人荷物預け、新体験です。

まずはバスに乗って銀閣寺方面へ移動。昨日と同じく、バス1,000円乗り放題の一日乗車券が活躍します。銀閣寺の前までは行かず、一つ手前のバス停で下車。静かな朝の空気の中、向かったのは小さなおにぎり屋さん「青おにぎり」。

もともとは自転車に荷台をつけて販売していた屋台からスタートしたお店だそう。今は小さな店舗を構えて営業しています。店主は男性ひとり。今でも時々屋台を出すことがあるそうですが、一人で切り盛りしているため、不定期営業になっているようです。

ちょっと奥まったところにあるのに、私たちの後から欧米の旅行者が入ってきていました。インスタグラムなどSNSで人気が広がっているらしく、国籍を問わず多くの人がこの小さなお店を訪れているようです。

おにぎりは、日本の食文化の中でも最も素朴で、最も愛されてきた料理のひとつ。手で食べる文化の代表でもありますね。

ゆるく腸活の私は玄米のおにぎりを選択。もち米の玄米か?と思うほどのもっちりさの新食感でした。これ、好き。今まで食べた玄米のおにぎりの中ではダントツの美味しさでした。

5人でおにぎりをぱくつきながら、銀閣寺へと続く「哲学の道」を散策。桜の木が随所にあって、春に来たらかなり人がごった返していそうな感じです。今は寂しい感じで哲学にふけるのに適していそう。それでも、前からすれ違う人にぶつからないくらいの配慮は必要です。

歩きながらふと昔母が、「新婚旅行で行った哲学の道でお父さんと喧嘩になったのよ」と言っていた気がしました。喧嘩するほど仲の良かった?夫婦の出だしを想像して、今は亡き父と、あと何年一緒にいられるかわからない母へ少し思いを向けました。なんと浅い哲学。。

哲学の道を抜けると、いよいよ銀閣寺へ。
八代将軍・足利義政がつくった東山文化の象徴で、足利幕府最後を飾る将軍として名を残した人物による作品です。将軍なのに、陣頭指揮をとって造成したのだそう。

銀閣寺は、濃度で勝負している寺という印象でした。広いわけではないのに、印象的なシーンが狭いエリアにぎゅっと詰め込まれていて、室町のディズニーランドっぽく感じました。

水のない滝や谷にイメージで水を注ぐという行為は、現代日本人よりもずっと「頭」を当時の人は使っていたのかもと感じるところでした。

数あるお寺の中では、クラリッサはここが一番気に入ったみたい。

銀閣寺をあとにして参道を歩いていると、観光地ならではの光景に遭遇しました。外国人の名前を漢字に当てはめたキーホルダー。

マリエルは世界的には少数派で、見当たらず。マイマイの本名のメイサラもなし。サラはありましたが。クラリッサは、本名でもあだ名(クラーク)でもどっちもあり。しかし、漢字の当て字もう少しセンス良くならないですかね、夜露死苦チックなんです。

銀閣寺の周辺はレストランが少ない、ランチ難民頻出エリア。前もってドロンジョさんがチョイスしてくれていたうどん屋さん(おめん)には、混み合う前に予定通り入店することができました。

元々は京都の人が始めた店ではないものの、既に2代目に突入する健全営業。土地柄なのか、外国人客にも慣れているようで、聞けばニューヨークにも店舗があるらしい。おそらく代替わりをしながら、時代の波に合わせてしなやかにビジネスを続けてきたお店なんだろうと思います。

うどんといえば白いのを食べたい気持ちを少し抑えつつ、ここは腸活的に全粒粉麺。普通に美味しいです。薬味が薬味と言えないくらいにボリューミーなのが新鮮です。

3人の箸使いが美味いのはこの旅ですでに知っていましたが、麺を食べるのもお上手です。

お次は三十三間堂へ。堂内は撮影禁止ですが、目の前に広がる圧巻の1001体の千手観音。パンフレットの写真から復元してみました。

千本の手を持ち(三十三間堂内のは42本タイプ)、千の方向へ救いの手を差し伸べる千手観音。あの空間に立ち、無数の手がこちらに向けられているのを感じると、「世界の裏側には見えないけれど、こんなにも多くの助けを差し伸べる力があるのだ」と思わされます。

そしてその救いの手は、きっと私たち一人ひとりに同じように差し出されている。ただ、それを掴むかどうかは自分次第であり、そこには誰も干渉できない。そんな当たり前のことを、あらためて実感できる場所でした。

偶像崇拝禁止なムスリムのマイマイが一番興味深く拝観していたようでした。3人の中では一番信心深いのかも。

三十三間堂の出口で売っていたのが、日本最古級の甘味だという、清浄歓喜団(せいじょうかんきだん)。
1300年前のレシピが一度途絶え、600年前に和菓子職人が復活させ、今に受け継がれているものだそうです。唐から伝わった当時は薬として扱われていたため、味わいはやや薬膳的とのこと。「お香を食べているみたいで劇マズ」と脅されていたのですが、それほど悪くないお味です。まぁ、一度食べればよろしかな。

三十三間堂の中で写真は撮れないけれど、外で何枚か記念撮影をして、次は、本当の抹茶を飲みに七條甘春堂且座喫茶へ。三十三間堂の斜向かいです。

以前は畳に直座りだったのが、小さな座椅子が用意されるようになって、外国人や膝の固くなった老年日本人にも使いやすくなりました。

「思ったほど苦くない」が3人の感想でしたが、もともと宇治の抹茶は苦みよりも甘みの高級茶。お湯の温度も低めに設定されていたようで、さらに苦みは出にくいお点前だったから、苦み少なめだったと思うんですけど、「もっと苦い抹茶が欲しかった」っぽい3人に反論するのはやめておきました。

抹茶味のお菓子はしばしばお土産でいただいていて、最初は「苔の味」がすると言っていたスタッフも、最近は喜んで食べるようになっています。日本に来たことがない他のスタッフの味覚も、日本のゲストさんと交わることで少しずつ拡張されているようです。

今回飲んだ、京都での抹茶も、今後彼らが口にする将来の抹茶と比較されつつ、初期だけあって1つの物差しとして彼女らの舌に記憶されていくことでしょう。

5条通りのホテルに荷物を取りに帰る途中、ドロンジョさんオススメの魚屋、近幸(きんこう)さんで最後、時間調整も兼ねて買った魚を店内でいただく計画。

「カニとー、ウニとー、あと京都では近海の小さいマグロ(ヨコワ)が珍重されるというのでこれとー」と5人全員ウキウキで選んでいたのですが、ふと横を見ると席満員。インバウンドでなく、地元?のオジサンの憩いのスペースになっていました。

席が空くまで待っていると新幹線に間に合わないので、今回は泣く泣くパス。おばあさん、選んだ品を戻すことになってしまってごめんなさい。

フィリピンにはめったにない、きれいな歩道橋。渡らず登って降りるを堪能しつつホテルへ戻る3人。

今回の京都三日間を完璧にアレンジしてくれたドロンジョさんには、本当に感謝しかありません。移動の最適化から混雑回避、季節と時間帯の読み、食の提案まで、地元民以上の“京都のプロ”の案内だったと思います。

ホテルから最後のバスに乗って京都駅へ。こういう近代的な駅舎も、フィリピンから来た3人にはちゃんとした記念になります。

かなりのアレでも迷わないように、新幹線の入り口まではこの青い線に沿って歩けば良いの親切設計。こういう従いやすいの、好きです。

京都駅から新幹線ひかりに乗り、熱海経由で本日の宿がある沼津へ。乗り物酔いのマイマイはさっさと撃沈。ほか二人は、サラダをぱくつく健啖っぷり。

沼津駅前のホテルにチェックインしたのが8時少し前。このホテルはちゃんとフロントに人間がいます。インバウンド向けより、通常の日本人向けビジネスホテルといった感じ。

女の子たちは「焼肉が食べたい」と言っていたので、宿から歩いて行けるお店を探して入ることにしました。外観は少し飲み屋っぽさもある店でしたが、結果的にはここでオッケー。

肉を見た瞬間に、マリエルの目がぱっと見開いたのが印象的でした。実は隠れ焼肉好きだったようで、嬉しさが顔にそのまま出ていました。

お店の酒の質は正直安くて悪い酒クラスでしたが、飲んでいるのは私一人なのでマイナープロブレムです。ホルモンが売りのお店ですが、赤みの肉もなかなかグッドでした。炭火焼きなのも、マービンが焼いてくれるアニラオのバーベキューシーンとリンクしてさらに◯。

焼肉は好きでもホルモンはまだハードルが高い。牛タンだったらギリ食べられる、ここが彼女たちの現在位置でした。

日本に入国してすぐに京都に移動したツメツメ旅程は、明日沼津から続きます。まずは朝レンタカーゲットからですね。連日2万歩コースなので、夜はさっさと寝て明日の運転に努めるのが運転手役の正しいあり方です。

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