三回忌とこぼれ寿司と白い温泉喋り

義父の三回忌、お寺でのお経と想い

日本行動日7日目。本日は義父の三回忌にあたり、お寺でお経をあげていただきました。宿からお寺まで、高速を使うと19分。一般道では35分。危うく遅刻するところでした。ETCついていて、よかった。

ここでは「南無妙法蓮華経」です。

私の実家はクリスチャンで、聖書を読む文化がありましたが、実家の実家は浄土真宗。お経の文化と聖書の文化両方を知る身としては、お経は内容が一般的には理解しにくいのがもったいないなといつも思います。

キリスト教の方も、何が書いてあるのか一般人にはわからないラテン語を現地語に訳してから、宗教改革や資本主義の萌芽などいろいろ進んだのを考えると、お教も現代語訳すればよいのにと思ったりします。つか、AIに投げれば現代語訳してくれるのかな?

って、やったらできましたよ。あっているかどうかまでは検証しませんでしたが、すごいですね。参考までに文末に掲載しておきます。法華経の原文は(http://myofukuji.or.jp/okyo/okyo-11-01.html)からダウンロード。現代語訳はChatGPTの4oでやりました。

このお寺のお坊さんが、どのお教を詠んだのかは定かではないですが、一般的に三回忌では、方便品(巻第一第二)・寿量品(巻第六第十六)を使うらしいので、そこを現代語訳すると、「南無妙法蓮華経」リピート以外の場所の意味がわかるかもしれません。

お経といえばの「般若心経」。『裸足のゲン』で、ゲンが読経していたのは般若心経だったように思います。最も短く、大乗仏教の空の思想が語られているこのお教、日本人の教養としてお教の一つでも諳んじたいと思うなら、まずは攻めるのはここからですかね?

アマゾンで、般若心経写経セット、999円でした。ポチ。

二日連続ですし之助

三回忌のあと、昼食は昨日訪れて美味しかったすし之助沼津本店へ再び。尿酸値追加です。今日は平日のお昼ということもあって並ばずに入店できました。昨日は20番の席でしたが、今日は1番の席。

岩のり軍艦を注文するのに、「軍艦」を書くのが面倒くさくて、海苔の味噌汁が出てきてしまった昨日の末席とは、一味違う筆頭席です。同じ間違いはしませんぞ。

すし之助では、今流行りの注文用のタブレットなどはなく、手書きで注文票を記入するスタイル。カウンターの隣には外国人の母子が座っており、「どうやって漢字のメニューを注文したんだろう?」と思っていたら、息子さんが日本の学校に通っているようで、見事に漢字で注文を書いていました。

本日いただいた「こぼれ寿司」たち

昨日は私は「生しらすのこぼれ寿司」だけでしたが、今日は他の「こぼれ」どもも血祭りにあげる所存。

こぼれズワイガニ:塩気が強めで醤油は不要。つまみとして最適な一品ですが、運転があるので今日はお酒なし。ちょっと悔しい。単品税込み968円

こぼれイクラ:口に含んだ瞬間、イクラジュースが広がる衝撃。普段イクラにそこまで惹かれない私ですが、今日でいくらに対する好感度がかなりアップ。尿酸値もかなりだぞ、これは。単品税込み792円

こぼれ甘エビ:昨日は甘エビの握りを賞味で頭と尻尾の処理に迷いましたが、今日は軍艦で提供されていて食べやすかったです。でも、エビ味噌のコクも忘がたし。食べ方を研究して、甘エビ握りが好きかも。単品税込み682円

ひとつひとつ注文するよりも、「こぼれ四天王」(税込み2,948円)的なセットで頼んだ方がコスパが良いということも発見。隣の外国人のお母さんが最初から注文していたやつです。

まさに、軍艦界の青龍、朱雀、白虎、玄武四神獣やー。

昨日食べた、こぼれ生しらすが、こぼれ甘エビと同じ単品税込み682円。4つを合計すると3,124円なので、176円お得でした。

次回は通風の薬を装備したうえで、四天王からまず始めようかなと思います。

沼津なので、アジも外せないところ。昨日も今日も一人5,000円くらいですから、寿司屋としては、普通ですね?

しめのデザートとして、こぼれじゃないウニ。フィリピンのウニも悪くないのですが、この福島県産のウニ、美味しかったです。どの軍艦も海苔の質が素晴らしく、マニラで良質ののりに飢えている私達には至福のとき。

富士山五合目へ——静岡側からのアプローチ

食後は、奥さんの希望で富士山の五合目へドライブ。今晩の宿泊先が神奈川側の箱根だったため、山梨側の、あの外国人が集合する富士スバルラインの終点にある五合目ではなくて、静岡側の五合目(御殿場口)へ向かいました。

道中は雨が降りそうな空模様でしたが、無事に到着。自衛隊の大きな演習場の横を通る無料道路を抜け、火山灰の黒い地面が広がる駐車場に着きました。標高はおよそ2300m、気温は涼しい16度。下界では30度を超えていたので、火山灰の地表と相まってまるで別世界でした。

登っていく間、複数人のランナーを見かけたのですが、この無料の5合目駐車場に車を止めて、下った後また登るという荒行?をしているようでした。

白い温泉を求めて——箱根の仙郷楼へ

その日の宿は、奥さんの「子どもの頃に入ったような真っ白な温泉に行きたい」という希望で選んだ、箱根の老舗旅館仙郷楼へ。

予約時に特に深く内容を読んでいなかったのですが、5年前に創業150年を迎えた老舗でした。んで、なぜかガンダムやウルトラマンのフィギュアが山盛りの資料室が。歴代オーナーの趣味ですかね?

敷地内の散策路もなかなかナイスで、紅葉の時期にはきっと絶景だろうと想像。山百合もたくさん咲いていて、聞けばイノシシの被害で減ってしまった中、岩場など掘り起こされにくい場所に咲くものだけが残っているのだそうです。

かなりの広さで、散策路だけ回っても20分くらいかかりました。管理している庭師は1人だけだというので、なかなか大変です。以前はキノコも採れたそうだけれど、そこまで手が回らないとのこと。当たらないとれたてキノコ、いつか食べてみたいものです。

白さ控えめ?でも癒される温泉と細かい仕事の会席料理

肝心の温泉は「真っ白」とまではいかないまでも、十分に白く、ゆったりできるお湯。奥さんには「白さが足りない」と言われましたが、私としては満足でした。約50年前と比べて旅館数が増えて厳選の取り合いで各旅館への割当が減って薄まったりしたのでしょうかね?

露天風呂に入っていると、海外からの宿泊者もちらほら。

夕食の会席料理は本当に素晴らしかったです。手間暇かかった一品一品に「はー、ほー」と感動。特に、普段苦手な梅も「青梅の甘露煮」として出てきて、初めて美味しくいただけました。お父さんのお供えに使った静岡産のマスクメロンや、イチゴムースなどのデザートも最高。

また、予約時にアレルギーの有無を確認してくれる点も印象的でした。マグダレナではなかなかできていないことなので、参考にしたいところです。

まとめ:三回忌の心づくしと、静かな癒しの旅

良い一日でした。次の法要は7回忌と少し先になってしまいますが、タケノコ掘りにまた来年きますし、その時に墓参りもできます。

良さげな宿の仙郷楼には、母など他の家族も連れてきてあげたいところでした。

自然と温泉と食事って、日本の醍醐味ですね。

付録:法華経第一巻序品第一をChatGPTに現代語訳してもらった

序品第一 妙法蓮華経   姚秦三蔵法師鳩摩羅什奉 詔訳
妙法蓮華経。序品。第一
如是。我聞。一時。仏住。王舎城。耆闍崛山中。与 大比丘衆万二千人倶。皆是阿羅漢。諸漏已 尽。無復煩悩。逮得己利。尽諸有結。心得自在。 其名曰。阿若?陳如。摩訶迦葉。優楼頻螺迦 葉。伽耶迦葉。那提迦葉。舎利弗。大目?連。摩 訶迦旃延。阿?楼駄。劫賓那。?梵波提。離婆 多。畢陵伽婆蹉。薄拘羅。摩訶拘?羅。難陀。孫 陀羅難陀。富楼那弥多羅尼子。須菩提。阿難。 羅?羅。如是衆所知識。大阿羅漢等。復有学 無学二千人。摩訶波闍波提比丘尼。与眷属 六千人倶。羅?羅母耶輸陀羅比丘尼。亦与 眷属倶。菩薩摩訶薩八万人。皆於阿耨多羅 三藐三菩提。不退転。皆得陀羅尼。楽説弁才。 転不退転法輪。供養無量。百千諸仏。於諸仏 所。植衆徳本。常為諸仏。之所称歎。以慈修身。 善入仏慧。通達大智。到於彼岸。名称普聞。無 量世界。能度無数。百千衆生。其名曰。文殊師 利菩薩。観世音菩薩。得大勢菩薩。常精進菩 薩。不休息菩薩。宝掌菩薩。薬王菩薩。勇施菩 薩。宝月菩薩。月光菩薩。満月菩薩。大力菩薩。 無量力菩薩。越三界菩薩。?陀婆羅菩薩。弥 勒菩薩。宝積菩薩。導師菩薩。如是等菩薩摩 訶薩。八万人倶。爾時釈提桓因。与其眷属。二 万天子倶。復有名月天子。普香天子。宝光天 子。四大天王。与其眷属。万天子倶。自在天子。 大自在天子。与其眷属。三万天子倶。娑婆世 界主。梵天王。尸棄大梵。光明大梵等。与其眷 属。万二千天子倶。有八龍王。難陀龍王。跋難 陀龍王。娑伽羅龍王。和脩吉龍王。徳叉迦龍 王。阿那婆達多龍王。摩那斯龍王。優鉢羅龍 王等。各与若干。百千眷属倶。有四緊那羅王。 法緊那羅王。妙法緊那羅王。大法緊那羅王。 持法緊那羅王。各与若干。百千眷属倶。有四 乾闥婆王。楽乾闥婆王。楽音乾闥婆王。美乾 闥婆王。美音乾闥婆王。各与若干。百千眷属 倶。有四阿脩羅王。婆稚阿脩羅王。?羅騫駄 阿脩羅王。毘摩質多羅阿脩羅王。羅?阿脩 羅王。各与若干。百千眷属倶。有四迦楼羅王。 大威徳迦楼羅王。大身迦楼羅王。大満迦楼 羅王。如意迦楼羅王。各与若干。百千眷属倶。 韋提希子。阿闍世王。与若干。百千眷属倶。各 礼仏足。退坐一面。爾時世尊。四衆囲繞。供養 恭敬。尊重讃歎。為諸菩薩。説大乗経。名無量 義。教菩薩法。仏所護念。仏説此経已。結跏趺 坐。入於無量義処三昧。身心不動。是時天雨。 曼陀羅華。摩訶曼陀羅華。曼殊沙華。摩訶曼 殊沙華而散仏上。及諸大衆。普仏世界。六種 震動。爾時会中。比丘。比丘尼。優婆塞。優婆夷。 天。龍。夜叉。乾闥婆。阿脩羅。迦楼羅。緊那羅。摩 ?羅伽。人非人。及諸小王。転輪聖王。是諸大 衆。得未曾有。歓喜合掌。一心観仏。爾時仏放。 眉間白毫相光。照東方。万八千世界。靡不周 遍。下至阿鼻地獄。上至阿迦尼?天。於此世 界。尽見彼土。六趣衆生。又見彼土。現在諸仏。 及聞諸仏。所説経法。并見彼諸。比丘。比丘尼。 優婆塞。優婆夷。諸修行得道者。復見諸菩薩 摩訶薩。種種因縁。種種信解。種種相貌。行菩 薩道。復見諸仏。般涅槃者。復見諸仏。般涅槃 後。以仏舎利。起七宝塔。爾時弥勒菩薩。作是 念。今者世尊。現神変相。以何因縁。而有此瑞。 今仏世尊。入于三昧。是不可思議。現希有事。 当以問誰。誰能答者。復作此念。是文殊師利 法王之子。已曾親近供養。過去無量諸仏。必 応見此。希有之相。我今当問。爾時比丘。比丘 尼。優婆塞。優婆夷。及諸天龍鬼神等。咸作此 念。是仏光明。神通之相。今当問誰。爾時弥勒 菩薩。欲自決疑。又観四衆。比丘。比丘尼。優婆 塞。優婆夷。及諸天龍鬼神等。衆会之心。而問 文殊師利言。以何因縁。而有此瑞。神通之相。 放大光明。照于東方。万八千土。悉見彼仏。国 界荘厳。於是弥勒菩薩。欲重宣此義。以偈問 曰
 文殊師利 導師何故 眉間白毫 大光普照  雨曼陀羅 曼殊沙華 栴檀香風 悦可衆心  以是因縁 地皆厳浄 而此世界 六種震動  時四部衆 咸皆歓喜 身意快然 得未曾有  眉間光明 照于東方 万八千土 皆如金色  従阿鼻獄 上至有頂 諸世界中 六道衆生  生死所趣 善悪業縁 受報好醜 於此悉見  又覩諸仏 聖主師子 演説経典 微妙第一  其声清浄 出柔軟音 教諸菩薩 無数億万  梵音深妙 令人楽聞 各於世界 講説正法  種種因縁 以無量諭 照明仏法 開悟衆生  若人遭苦 厭老病死 為説涅槃 尽諸苦際  若人有福 曾供養仏 志求勝法 為説縁覚  若有仏子 修種種行 求無上慧 為説浄道  文殊師利 我住於此 見聞若斯 及千億事  如是衆多 今当略説 我見彼土 恒沙菩薩  種種因縁 而求仏道 或有行施 金銀珊瑚  真珠摩尼 ??碼碯 金剛諸珍 奴婢車乗  宝飾輦輿 歓喜布施 回向仏道 願得是乗  三界第一 諸仏所歎 或有菩薩 駟馬宝車  欄楯華蓋 軒飾布施 復見菩薩 身肉手足  及妻子施 求無上道 又見菩薩 頭目身体  欣楽施与 求仏智慧 文殊師利 我見諸王  往詣仏所 問無上道 便捨楽土 宮殿臣妾  剃除鬚髪 而被法服 或見菩薩 而作比丘  独処閑静 楽誦経典 又見菩薩 勇猛精進  入於深山 思惟仏道 又見離欲 常処空閑  深修禅定 得五神通 又見菩薩 安禅合掌  以千万偈 讃諸法王 復見菩薩 智深志固  能問諸仏 聞悉受持 又見仏子 定慧具足  以無量諭 為衆講法 欣楽説法 化諸菩薩  破魔兵衆 而撃法鼓 又見菩薩 寂然宴黙  天龍恭敬 不以為喜 又見菩薩 処林放光  済地獄苦 令入仏道 又見仏子 未嘗睡眠  経行林中 勤求仏道 又見具戒 威儀無欠  浄如宝珠 以求仏道 又見仏子 住忍辱力  増上慢人 悪罵捶打 皆悉能忍 以求仏道  又見菩薩 離諸戲笑 及癡眷属 親近智者  一心除乱 摂念山林 億千万歳 以求仏道  或見菩薩 肴膳飲食 百種湯薬 施仏及僧  名衣上服 価直千万 或無価衣 施仏及僧  千万億種 栴檀宝舎 衆妙臥具 施仏及僧  清浄園林 華果茂盛 流泉浴池 施仏及僧  如是等施 種種微妙 歓喜無厭 求無上道  或有菩薩 説寂滅法 種種教詔 無数衆生  或見菩薩 観諸法性 無有二相 猶如虚空  又見仏子 心無所著 以此妙慧 求無上道  文殊師利 又有菩薩 仏滅度後 供養舎利  又見仏子 造諸塔廟 無数恒沙 厳飾国界  宝塔高妙 五千由旬 縦広正等 二千由旬  一一塔廟 各千幢旛 珠交露幔 宝鈴和鳴  諸天龍神 人及非人 香華伎楽 常以供養  文殊師利 諸仏子等 為供舎利 厳飾塔廟  国界自然 殊特妙好 如天樹王 其華開敷  仏放一光 我及衆会 見此国界 種種殊妙  諸仏神力 智慧希有 放一浄光 照無量国  我等見此 得未曾有 仏子文殊 願決衆疑  四衆欣仰 瞻仁及我 世尊何故 放斯光明  仏子時答 決疑令喜 何所饒益 演斯光明  仏坐道場 所得妙法 為欲説此 為当授記  示諸仏土 衆宝厳浄 及見諸仏 此非小縁  文殊当知 四衆龍神 瞻察仁者 為説何等
爾時文殊師利。語弥勒菩薩摩訶薩。及諸大 士。善男子等。如我惟忖。今仏世尊。欲説大法。 雨大法雨。吹大法螺。撃大法鼓。演大法義。諸 善男子。我於過去諸仏。曾見此瑞。放斯光已。 即説大法。是故当知。今仏現光。亦復如是。欲 令衆生。咸得聞知。一切世間。難信之法。故現 斯瑞。諸善男子。如過去無量無辺。不可思議。 阿僧祇劫。爾時有仏。号日月燈明。如来。応供。 正遍知。明行足。善逝。世間解。無上士。調御丈 夫。天人師。仏。世尊。演説正法。初善。中善。後善。 其義深遠。其語巧妙。純一無雑。具足清白。梵 行之相。為求声聞者。説応四諦法。度生老病 死。究竟涅槃。為求辟支仏者。説応十二因縁 法。為諸菩薩。説応六波羅蜜。令得阿耨多羅 三藐三菩提。成一切種智。次復有仏。亦名日 月燈明。次復有仏。亦名日月燈明。如是二万 仏。皆同一字。号日月燈明。又同一姓。姓頗羅 墮。弥勒当知。初仏後仏。皆同一字。名日月燈 明。十号具足。所可説法。初中後善。其最後仏。 未出家時。有八王子。一名有意。二名善意。三 名無量意。四名宝意。五名増意。六名除疑意。 七名響意。八名法意。是八王子。威徳自在。各 領四天下。是諸王子。聞父出家。得阿耨多羅 三藐三菩提。悉捨王位。亦随出家。発大乗意。 常修梵行。皆為法師。已於千万仏所。植諸善 本。是時日月燈明仏。説大乗経。名無量義。教 菩薩法。仏所護念。説是経已。即於大衆中。結 跏趺坐。入於無量義処三昧。身心不動。是時 天雨。曼陀羅華。摩訶曼陀羅華。曼殊沙華。摩 訶曼殊沙華。而散仏上。及諸大衆。普仏世界。 六種震動。爾時会中。比丘。比丘尼。優婆塞。優 婆夷。天。龍。夜叉。乾闥婆。阿脩羅。迦楼羅。緊那 羅。摩?羅伽。人非人。及諸小王。転輪聖王等。 是諸大衆。得未曾有。歓喜合掌。一心観仏。爾 時如来。放眉間白毫相光。照東方。万八千仏 土。靡不周遍。如今所見。是諸仏土。弥勒当知 爾時会中。有二十億菩薩。楽欲聴法。是諸菩 薩。見此光明。普照仏土。得未曾有。欲知此光。 所為因縁。時有菩薩。名曰妙光。有八百弟子。 是時日月燈明仏。従三昧起。因妙光菩薩。説 大乗経。名妙法蓮華。教菩薩法。仏所護念。六 十小劫。不起于座。時会聴者。亦坐一処。六十 小劫。身心不動。聴仏所説。謂如食頃。是時衆 中。無有一人。若身若心。而生懈倦。日月燈明 仏。於六十小劫。説是経已。即於梵魔。沙門。婆 羅門。及天人。阿脩羅衆中。而宣此言。如来於 今日中夜。当入無余涅槃。時有菩薩。名曰徳 蔵。日月燈明仏。即授其記。告諸比丘。是徳蔵 菩薩。次当作仏。号曰浄身。多陀阿伽度。阿羅 訶。三藐三仏陀。仏授記已。便於中夜。入無余 涅槃。仏滅度後。妙光菩薩。持妙法蓮華経。満 八十小劫。為人演説。日月燈明仏八子。皆師 妙光。妙光教化。令其堅固。阿耨多羅三藐三 菩提。是諸王子。供養無量。百千万億仏已。皆 成仏道。其最後成仏者。名曰然燈。八百弟子。 中有一人。号曰求名。貪著利養。雖復読誦衆 経。而不通利。多所忘失。故号求名。是人亦以。 種諸善根因縁故。得値無量。百千万億諸仏。 供養恭敬。尊重讃歎。弥勒当知。爾時妙光菩 薩。豈異人乎。我身是也。求名菩薩。汝身是也。 今見此瑞。与本無異。是故惟忖。今日如来。当 説大乗経。名妙法蓮華。教菩薩法。仏所護念。 爾時文殊師利。於大衆中。欲重宣此義。而説 偈言
 我念過去世 無量無数劫 有仏人中尊 号日月燈明  世尊演説法 度無量衆生 無数億菩薩 令入仏智慧  仏未出家時 所生八王子 見大聖出家 亦随修梵行  時仏説大乗 経名無量義 於諸大衆中 而為広分別  仏説此経已 即於法座上 跏趺坐三昧 名無量義処  天雨曼陀華 天鼓自然鳴 諸天龍鬼神 供養人中尊  一切諸仏土 即時大震動 仏放眉間光 現諸希有事  此光照東方 万八千仏土 示一切衆生 生死業報処  有見諸仏土 以衆宝荘厳 瑠璃頗梨色 斯由仏光照  及見諸天人 龍神夜叉衆 乾闥緊那羅 各供養其仏  又見諸如来 自然成仏道 身色如金山 端厳甚微妙  如浄瑠璃中 内現真金像 世尊在大衆 敷演深法義  一一諸仏土 声聞衆無数 因仏光所照 悉見彼大衆  或有諸比丘 在於山林中 精進持浄戒 猶如護明珠  又見諸菩薩 行施忍辱等 其数如恒沙 斯由仏光照  又見諸菩薩 深入諸禅定 身心寂不動 以求無上道  又見諸菩薩 知法寂滅相 各於其国土 説法求仏道  爾時四部衆 見日月燈仏 現大神通力 其心皆歓喜  各各自相問 是事何因縁 天人所奉尊 適従三昧起  讃妙光菩薩 汝為世間眼 一切所帰信 能奉持法蔵  如我所説法 唯汝能証知 世尊既讃歎 令妙光歓喜  説是法華経 満六十小劫 不起於此座 所説上妙法  是妙光法師 悉皆能受持 仏説是法華 令衆歓喜已  尋即於是日 告於天人衆 諸法実相義 已為汝等説  我今於中夜 当入於涅槃 汝一心精進 当離於放逸  諸仏甚難値 億劫時一遇 世尊諸子等 聞仏入涅槃  各各懐悲悩 仏滅一何速 聖主法之王 安慰無量衆  我若滅度時 汝等勿憂怖 是徳蔵菩薩 於無漏実相  心已得通達 其次当作仏 号曰為浄身 亦度無量衆  仏此夜滅度 如薪尽火滅 分布諸舎利 而起無量塔  比丘比丘尼 其数如恒沙 倍復加精進 以求無上道  是妙光法師 奉持仏法蔵 八十小劫中 広宣法華経  是諸八王子 妙光所開化 堅固無上道 当見無数仏  供養諸仏已 随順行大道 相継得成仏 転次而授記  最後天中天 号曰然燈仏 諸仙之導師 度脱無量衆  是妙光法師 時有一弟子 心常懐懈怠 貪著於名利  求名利無厭 多遊族姓家 棄捨所習誦 廃忘不通利  以是因縁故 号之為求名 亦行衆善業 得見無数仏  供養於諸仏 随順行大道 具六波羅蜜 今見釈師子  其後当作仏 号名曰弥勒 広度諸衆生 其数無有量  彼仏滅度後 懈怠者汝是 妙光法師者 今則我身是  我見燈明仏 本光瑞如此 以是知今仏 欲説法華経  今相如本瑞 是諸仏方便 今仏放光明 助発実相義  諸人今当知 合掌一心待 仏当雨法雨 充足求道者  諸求三乗人 若有疑悔者 仏当為除断 令尽無有余


妙法蓮華経序品第一(現代語訳)

これは、私(アーナンダ)が仏(お釈迦さま)から直接聞いた話です。

ある時、仏はマガダ国の王舎城(ラージャグリハ)の霊鷲山(りょうじゅせん)に住まわれていました。そのとき、仏には1万2千人の比丘(出家修行者)たちが同行していました。彼らは皆、阿羅漢(あらかん)という最高の悟りを得た存在で、すでに煩悩を断ち、執着を離れ、自分自身を完全に制御できる境地にありました。

その中には、阿若憍陳如(あにゃ・きょうちんにょ)や、摩訶迦葉(まか・かしょう)、舎利弗(しゃりほつ)、大目犍連(もくけんれん)など、よく知られた仏の弟子たちが含まれていました。さらに、学びの道にある者、学び終えた者など、合わせて2千人がそこにいました。

また、仏の養母である摩訶波闍波提比丘尼(まかはじゃはだいびくに)と、その眷属6千人、仏の実子ラーフラの母である耶輸陀羅比丘尼(やしゅだら)とその一行も参列していました。

多くの菩薩と神々の集い

加えて、八万人の大菩薩たちが集まっていました。彼らはすでに無上正等正覚(最高の悟り)を目指して進み、けっして後戻りしない境地にありました。皆が真理を語る力に優れ、数えきれない仏たちに供養をし、さまざまな徳を積んでいました。

彼らの中には、文殊師利菩薩(もんじゅしり)、観世音菩薩(かんぜおん)、得大勢菩薩(だいせい)、常精進菩薩、不休息菩薩、薬王菩薩、月光菩薩、弥勒菩薩、宝積菩薩など、数多くの尊い名前の菩薩がいました。

また、神々も多く集まりました。帝釈天(たいしゃくてん)と2万の天子たち、四大天王とその従者、自在天・大自在天と3万の天子たち、さらには梵天王、八大龍王(難陀、跋難陀、娑伽羅など)とその眷属たち、乾闥婆(がんだっぱ)、緊那羅(きんなら)、阿修羅(あしゅら)、迦楼羅(かるら)など、多くの非人(神々・精霊・異類)も参加していました。

そして、仏弟子の一人である韋提希(いだいけ)の息子、阿闍世王(あじゃせおう)も、家来たちを引き連れてやってきました。彼らは皆、仏の前にひれ伏し、礼拝してから、静かに片側に座りました。

仏の説法と奇瑞(不思議な兆し)

そのとき、仏は四衆(比丘・比丘尼・在家信者の男女)に囲まれていました。皆が仏を供養し、敬い、褒めたたえ、大乗経典『無量義経』を説いておられました。これは菩薩たちのための教えで、仏が常に守り念じておられるものです。

仏がこの経を説き終えると、座に静かに結跏趺坐(けっかふざ)し、無量義処三昧(むりょうぎしょざんまい)という深い瞑想に入りました。その身も心もまったく動かなくなりました。

すると、天からは曼陀羅華(まんだらげ)、摩訶曼陀羅華(まかまんだらげ)、曼殊沙華(まんじゅしゃげ)といった美しい花が降りそそぎ、仏と集まった大衆を飾りました。仏の世界は六種の不思議な地震(六種震動)によって震えました。

この時、天人・龍・鬼神・乾闥婆・阿修羅・人間・非人など、あらゆる存在が、まったく経験したことのないような喜びを感じ、合掌して仏を一心に見つめました。

仏が眉間から光を放つ

そのとき、仏の眉間から白い光が放たれ、東方の一万八千の仏国土をあまねく照らしました。この光は地獄の底から最高天まで行き渡り、そのすべての世界の六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天)に生きる者たちのありさまを見せました。

また、それぞれの世界におられる仏たちと、彼らが説く教え、修行者や信者の姿もすべて明らかにしました。涅槃に入る仏、その後に仏舎利を祀るために建てられた七宝の塔までも、光の中に示されました。

弥勒菩薩の疑問と文殊師利の回答

この不思議な現象を見て、弥勒菩薩(みろくぼさつ)は考えました。

「いったい、これは何を意味するのだろう? 仏は今、深い三昧に入っておられる。この光にはどんな意味があるのだろう? 誰に聞けばわかるだろうか?」

弥勒菩薩はこう思い、智慧に優れ、過去の多くの仏に仕えてきた文殊師利菩薩に尋ねることにしました。

「文殊師利さま、仏が今、眉間から放たれた光にはどのような意味があるのでしょうか? この東方一万八千の仏土を照らす光と、この六種震動などの現象は、何を示しているのでしょうか?」

文殊師利の予言

文殊師利は答えました。

「善きかな、弥勒よ。あなたの問いは深く、仏法を思う心から生まれたものです。私が推測するに、今、仏は大法(法華経)を説こうとしておられます。このような光の現象は、かつて私が多くの仏のもとで見た光景と同じです。

そのときも仏は光を放たれ、大法を説かれました。ですから今回も同じように、仏は妙法蓮華経を説こうとしておられるのです。これは非常に信じがたい深い教えであり、多くの生きとし生けるものにとって、理解するのが難しい法です。」

過去の仏と妙法蓮華経

文殊師利は続けます。

「はるか昔、数えきれないほどの劫(非常に長い時間)以前に、日月燈明仏(にちがつとうみょうぶつ)という仏がおられました。その仏もまた『無量義経』を説き、つづいて『妙法蓮華経』を説かれました。そして三昧に入り、眉間から光を放たれたのです。今、私たちが目にしている光景は、そのときとまったく同じなのです。」

文殊師利は、当時の出来事を語りながら、妙法蓮華経の説法が始まることを予言しました。

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