マニラで「天気の子」

穏やかな平日のアニラオです。ボートダイブはお休みで、マニラから日帰りの認定ダイバーとご友人の体験ダイバーのビーチエントリー。水温30度。

マニラ体験ダイビング

前作「君の名は」に続いて、マニラで上映されることになった新海誠監督の「天気の子」。上映が開始されたので見てきました。

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前作も良かったですが、今作も良かったです。号泣するほどではなかったですが(でも、号泣したいおじさんの気持ちもわかるかも)。

前作の主人公二人がカメオ出演したシーンでは会場からどよめきが。さぞ日本のお客さんが多い会場だったのかと照明がついてから周りを見回すと全員フィリピン人でした。日本アニメファン、ちゃんといるんですね。

グロリエッタの映画館で見たのですが、同じマカティエリアでもウォルターマートの映画館では、キッコーマン減塩醤油(巷のマーケットで買うと映画料金より高い値段で売っているもの)のおまけ付きだったそう。


スタッフのお宅訪問

夏のパーティのときにダンスと歌の指導をしてくれた友人のモンチ氏。「友達だから」と謝礼を受け取ってくれないので、御礼の品をもって、出国前日の氏の家までお宅訪問。

場所はメトロマニラの北カロオカンのタラ。ハンセン病の療養施設のある、以前は地図にものっていなかった場所です。学生時代には何度かいっていましたが、今回は22年以上ぶり。

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モンチの家族。左の女性、多分生まれたての赤ちゃんのときにあっている彼の姪だと思う。一児の母になっていました。人生すっ飛ばしすぎ。家族たくさんで幸せそうです。

タラエリアからはモンチの紹介で二人のスタッフがいるので、そのお宅も訪問することに。

7人の子宝に恵まれた、スタッフ一の子沢山、ドライバーのノノンの家族。子どもたちでオカマとレズビアン率が高いという数奇な運命。先週までここは土間で、コンクリ打ちたてで足が汚れない部屋になりました。少しずつでも生活が良くなるのに貢献できているのが見られててよかったです。

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トロンボーン吹きコックのジェイアールの家。一人娘のはしゃぎっぷりが可愛かったです。

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いろいろな困難にであうフィリイピンでの人生ですが、家族の笑顔が頑張れる原動力なんだなぁと再確認する一日でした。


17年前の服

パンガシナン州に分骨の父の墓参りの2日目。CFF(Caring for the Future Foundation)の児童養護施設の施設内の記念碑に詣でました。

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3人の名前の刻まれた記念碑。一人は、この子どもの家の発起人の3人のうちの一人のフィリピン人。40代で若くして亡くなった方の名。二人目は、熱心な日本人のクリスチャンで若い頃より昼食を断食してためた分の寄付をCFFにくださり、家族にもそのことを伝えなかった方。そして私の父。他の二人があまりに大きな寄与をしたのに比べて、申し訳ない程度の関わりでしたが、記念としていただいてありがたいことです。まぁ、その分母が今も続けて関わっているので、いいのでしょうかもしれませんが。

3年前に訪問したときにはスタッフを離れていた、村出身のビリーさん(写真左)が再びスタッフに。今回驚いたのは、2002年に彼が日本に来て我が実家にホームステーしたときに寒そうにしていたので寄贈した、父の(当時は存命)のシャツを着て出てきたこと。17年前の服で、かつ手洗いで服の生地の痛みやすいフィリピンで、大切にしていたこと、そういう昔からの性格だったビリーさんの心持ちを、また、気持ちを大切にするフィリピン人と昔付き合っていたことを思い出されました。

現在のCFF子どもの家スタッフと、日本のCFFの事務局でワークキャンプのディレクターをしている内海氏と一緒にパチリ。現在も訳アリで親御さんと一緒に過ごせない17人の子どもたちが生活し、学んでいます。

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卒業後に仕事がないのは、フィリピンの常で、今は理事の経営する各会社に吸収されているようですが、もと事務局長・理事としてなにか将来的に協力できることがあればいいなぁと思う旅でした。


パンガシナンへ墓参り

日本大学のボランティアサークル、サラマットAさんのステディツアーに参加したあとアニラオを訪れている母と一緒に、父の骨が分骨してある、パンガシナン州にあるCFFの子どもの家へ。

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私がダイビングを仕事にする前に働いていた、青少年育成のNGOの支援する児童養護施設です。アニラオから377キロ。7時間ほどかかります。老体に負担になりますので、マニラで一泊してマカティスタート。それでも4時間の道程。

22日夜はちょうど先方のスタディツアーのフェアエルパーティだというので、パンガシナン州第一の商都、ダグーパン市に宿をとり。YMCAホステル。私が学生時代に建てたやつで、かなり古くなっていました。同じ宿屋業としては、いただけないメンテンテナンスっぷり。マグダレナも気をつけないと。

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15年ぶりくらいに会う、古い友人たち。フィリピン人の富裕層ですが、NGOの理事をしたり、仕事以外に社会活動も積極的な、ノブレス・オブリージュな人たちでした。

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夕食のパンガシナン風シシッグということでしたが、いまいち違いがわかりませなんだ。強いて言えば、肉の切り方が大きいような。

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バゴス(ミルクフィッシュ、日本語でサバヒー)の産地なので、酢でしめた、キニラウナバゴスは現地ならではの料理。

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このレストランもYMCAの元理事の持ち物で、日本の商工会議所とかに入っていたらこんな感じで知り合いの店を渡り歩いて食事をしたり会議をしたりするのかなぁなどと、学生だった昔は思わない想像をしながらの夜でした。


日本のショートケーキ

少し波々のアニラオです。ボートはリゾート前から発着。水温30度。

アニラオの午前の海

ダンスと歌の指導をしてくれているモンチ氏。忙しい合間をぬって、日帰りでスタッフを指導してくれました。アニラオからマニラの家までは4〜5時間かかります。

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先日誕生日だったお父さんのバースデーケーキは、日本人パティシエの作ったショートケーキ。マカティのパティスリー・べべルージュで購入。甘いものは普段食べないのですが、子どものころに食べたあの味のような、懐かしい味でした。

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スイーツ男子の気持ちがちょっとだけ理解できた、この幸せ感。ごちそうさまでした。