アフガニスタンを想う

9月に入りました。アニラオは良い海況ですが、マニラ首都圏からのレジャー越境不可の影響で、海は指を咥えて眺める存在を続けています。

アニラオの午前の海

マグダレナの入り口ゲートに向かって右の土地、州知事の知り合いに買い取られたようで、早速木が伐採されています。鳥たちの住処がまた狭まりましたね。この不景気でも、お金のあるところにはあるものです。

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最近ご無沙汰だった、中田敦彦のYouTube大学。先月末の混乱した撤退と、残された民主化に関わった人々の運命が気になるアフガニスタン概論だったので、寝る前に視聴。

アフガンにソ連が侵攻していたのは、歴史の知識として薄く知っていましたが、アフガンで王政後社会主義政権ができていたことは初めて知りました。社会主義政権の施政に伝統的なイスラム的価値観が反発しての内戦がソ連侵攻を生んだのだとしたら、アメリカ撤退後、タリバンに指導者集団が変わったとはいっても、イスラム的価に基づいて国を収めようという、もとのさやに戻ったというようにも見受けられます。

その土地の価値観はすぐには変わらないものですね。イスラムベースでも、民主主義ベースでも何でもよいので、女性や子どもなど、社会的に弱い存在が苦しまないですむ方向にいってもらえたらと思います。

ソ連にもパキスタンにもアメリカにも、国としてこう関わり(干渉し)たいというのが、日本に比べてはっきりしているように思います。戦後の日本はずっとアメリカの影で、国が強い意見を持って外交上も方向を示すことができなくなったのが、今のコロナを含む内政の不甲斐なさと関係しているのかもしれませんね(かといって、改憲には賛成していませんけど)。

そういえば、中学生の頃に見た「ランボー3

怒りのアフガン」、内容を調べてみたら、パキスタン経由でイスラムの聖戦士(ムジャーヒディーン)に武器支援をおこなっていた、ランボーの元上官が、アフガンでの現地調査(大佐が現地に行くなよっ)中に捕まってしまったのを、タイの仏教寺院から飛び出して助けに行く話だったのだと。

ソ連軍に追われ窮地に陥ったランボー、最後は馬に乗ったムジャーヒディーンたちと共闘したという、都合の良すぎるまさにアメリカの映画でした。


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