ニシキテグリ(学:Synchiropus splendidus 英:Mandarin fish)は、その鮮やかな色彩とユニークな模様で知られる美しい(というか、人によっては、その色のどぎつさにちょっとひいてしまう?)熱帯魚。
太平洋のサンゴ礁、沖縄からオーストラリアまでのフィリピンを含む広いエリアに分布しています。体長は5~7センチメートル程度で、青や緑、オレンジ、赤などの鮮やかさで、まるで色粘土で作ったかのような派手な模様。英語名でMandarin fishと呼ばれているのは、帝制中国(清ですかね?)の官僚が着るような派手な体色からです。
その鮮やかな模様と、ちょこちょこと一歩ずつ跳び跳ねるように動く愛らしい動き、おちょぼ口の口元から、多くのアクアリストに愛されている魚です(愛されすぎて売れるので、地元漁師による捕獲の対象になっている問題もありますが)。
アニラオでは、自然状態の個体が観察できますので、その観察方法を生態を交えて紹介していきたいと思います。
ニシキテグリの特徴:色鮮やかな熱帯魚の生態と生息地
ニシキテグリはサンゴ礁の主に、ユビエダハマサンゴの群生地の中で生活しています。このサンゴ自体、潮の流れの早いところが苦手なようで、内湾や少し陸側へ凹んだ海流がないか、流れの緩やかでかつ波があたらない場所に多くはえています。結果、ニシキテグリも、そういった、穏やかな海域で観察することになります。
住処となるサンゴがはえている水深も、2~6メートルくらいまでと、比較的浅いエリアです。浅いがゆえに、素潜りでも捕獲可能で、しばしばアクアリストへ卸すために漁師に狙われたりもします。
泳ぎが苦手な魚で、サンゴの枝の間を、わたり技を渡るようにちょこちょこと跳び泳ぎながら、主にサンゴの隙間などに生息する底生性の小型の甲殻類や無脊椎動物をおちょぼ口で食べています。
ダイビングでのニシキテグリの観察のタイミング
泳ぎが苦手で、他の動きの早い魚に食べられてしまいかねないニシキテグリは、日中は複雑に絡み合ったユビエダハマサンゴのジャングルジムの奥の方で暮らしています。彼らを食べたい大型の魚は、サンゴの森の内側まで入ってこれないんですね。もちろん、ダイバーの目にもとまりません。
曇った日など、他の魚に見つかりにくいときは、日中でもサンゴの上部やサンゴの端まで散歩してくることがあり、目撃も可能ですが、現在のアニラオではそういう場所はなくなってしまいました。以前はダリラウトの2~3メートルの浅場が昼でも観察できるポイントだったのですが、漁師が捕獲のためにサンゴを割ったり、台風時に避難してきた大型の船で削られたりして、同エリアのサンゴは壊滅してしまっています。
では、いつ観察するかというと、夕方、他の魚が眠くなってきて寝床を探すような時間帯です。ダイビングでいうと、ナイトダイブの前、サンセットダイブの時間です。
ニシキテグリの観察方法:初めてでも安心のダイビング観察ガイド
この夕刻のニシキテグリが何をしているかというと、おもに2つです。
とくに繁殖行動は、オスとメスが寄り添うように泳ぎ上がる様の一生懸命さと出会いがたさで、多くのダイバーが目撃したい!と思う瞬間です。潜る前にガイドさんのブリーフィングがあるにしても、詳しい生態を事前にしっていれば、さらに目撃・シャッターチャンスは広がりますので、以下、追って説明をしていきますね。
観察時に狙うは、大きなオス
産卵時、ニシキテグリのオスがする行動は、自分のテリトリーにハーレムを確保することです。フェロモンなのか、何なのかは不明ですが、オスがいるエリアにメスが入ってきます。その際、他のオスもメスとのペアリングを狙って侵入してくるのですが、それを追い払って一人勝ちをしたオスが、複数のメスと繁殖を行います。
「柔よく剛を制す」とは自然界ではそうもいかず、たいてい「マッチョこそ正義」で、体の大きな個体が小さいオスを追い払って一人勝ちになることが圧倒的に多いです。体の大きな個体のほうが観察がしやすいもの一つの理由ですが、それ以上に、繁殖まで結びつく可能性が最も高いのも、大きな個体なので、まずは大きめのオス(水中目視で7センチくらい以上)を探しましょう。

オス同士の喧嘩は、強いほうが弱い方の口元まで突撃して一瞬で弾き飛ばして終わりになることが多いですが、サイズの近い相手同士だと、背びれを広げて威嚇する様も目撃可能です。メスに比べて大きな背びれは開くと立派(通常は後ろに倒しています)ですので、写真に撮れたりすると、かなりアガります。
メスの位置を確認
大きなオスの動きがトレースできるようになったら、見失わない程度にメスの位置も確認しましょう。メスは体の模様はオスとほとんど一緒ですが、大きさは3分の2ほど。普段は畳まれていて見づらいかもしれませんが、背びれが丸くてちっこいです。

オスのテリトリーに複数のメスが集まってきます。重なり合うほど近づくことはそれほどないですが、視界に2~3個体入ってくる程度には集まってきます。
他のオスを追っ払いつつ、オスはメスに後ろ側から近づいて、かつ、下からアプローチするような動きをします。これは、最終的にオスが胸鰭にメスを乗せてリフトするからで、いかに頭の向きがあっていても、メスの上からでは胸鰭に乗せられないので、繁殖行動にはいたりません。延々終わらない若葉マークの縦列駐車のようでやきもきしますが、この焦らしがあるからこそ、タイミングが合ったときの尊さを感じるのかもしれません。
このメスとオスの位置、進行方向、上下のレベル違いを意識して観察していることで、そろそろランデブーが可能かどうかの目処が立ちます。
オスのテリトリーに覆いかぶさらない
で、待っている間に気をつけることがあります。それは、オスの行動範囲を邪魔しない、覆いかぶさらないです。人間だって、上からゴジラのようなサイズの生き物に覆いかぶされたら、命の危険を感じてしまって、食事や恋どころではないですよね? オスの動く範囲を見ながら、真上から見下ろす位置ではなくて、斜め上から見守る位置にポジショニングしてみてください。
サンゴを折らない
サンゴも生き物です。折れてしまったときに痛みを感じるかまではわかりませんが、年間数~数十ミリで伸びていく小さな命を一発でバキ折りしないように、フィンを動かす時には注意してあげましょう。待ち位置から浮上したいときは、少し大きめに息をすって、体がプラス浮力になってからゆっくり動き出すと、サンゴ骨折事故の予防になります。
明かりは赤ライト必須
日没前のオスの巡回時には白のライトを付けていても構いませんが、いよいよオスメスの距離が接近してきてムードが盛り上がってきた頃には、赤ライトに切り替えます。ギラギラした照明の下では、恥ずかしい(というよりは、明るいと他の魚に食べられてしまう生存本能のほうが強い?)気持ちに、魚だってなるかもしれません。
ニシキテグリの目には見えにくい赤い光で、二匹のタイミングがあう瞬間を待ちます。赤ライトについては、個人でお持ちでない場合が多いので、ガイドがもっている赤ライトで観察するのが一般的です。
個人で赤色に切り替えられる水中ライトをお持ちの方は、それを使うのも良いです。
はっけよいから、産卵終了前は約5カウント
ニシキテグリの結婚飛行については、場所ごとに飛ぶ距離が違うといいます。ほかで潜られているダイバーさんの言葉を参考にすると、アニラオはかなり短い方だとのことです。確かに、同じフィリピン国内でも、マラパスクア島でニシキテグリを見た際の半分程度の距離しか飛んでいないように思います。
そんなアニラオの、ニシキテグリの平均的なフライトタイムは、心で数えて5カウント。以下ビデオを参照してみてください。いち、に、と数えていって、ちょうど5カウント目くらいにメスは卵を産み終わり、オスは精子をかけて、一目散に安全な珊瑚の森へ逃げ帰ります。
というわけで、写真を撮る場合の理想的なシャッターは、上がり始めてから4.5カウントです。これなら、オスメス、運が良ければメスの産卵孔から伸びる一連の卵も写真に収めることができるはず。
一方、難しいのはビデオで、赤ライトだけだと、後でどんなにデジタル編集を施しても、元の色を再現することはできません。上の動画もやってみたけど、だめでした。かといって、白ライト灯火では二人ははっけ良くならず。ダイニングで流しているニシキテグリの産卵動画は、二灯の小さいライトを使い、左をピンクに、右を白色で撮影したものでした。
しかし、今買おうと思うと、結構値段上がっていますね。。。

水中ビデオに詳しく、ニシキテグリの動画撮影にも成功している、Teruさんにきいたところ、赤ライトで撮影を開始して、「もう辛坊たまらん」というタイミングで白ライトに切り替えると、萎えることなく続けてくれるとのこと。
この「辛坊たまらん」は恐らく、卵の産卵が始まった状態のことを指すのだと思います。アニラオでの5カウントでいうと、2.5~3カウント後で4.5カウントまでの短い間に該当します。
今回の撮影では、一つのライトで赤→青→白と切り替えて手間取ったのと、切替のタイミングが早くてだめだったので、次回は、赤と白それぞれ独立したライトを使えば総天然色での撮影に成功できるかもです。
メスの背びれがイキリの合図説?
今回の赤ライトでの産卵シーン動画を何度か見ていて気づいたのですが、卵を生むのにイキる時って、メスの背びれが開くのではないか疑惑です。何度かテレビで見た、サケの産卵シーンでも、ヒレとサケでは口も大きく開いて産卵と放精をおこなっていました。本気の時にはヒレ開く、は魚全般に当てはまることなのかなと思ったりもしています。
やりきって眠る姿もかわいい
産卵の準備ができているメスと上手いタイミングで放精放卵を終えた後、それから、タイミングが合わなくて、あたりが十分暗くなってしまうと、メスは眠くなったのかサンゴの奥の方へ引っ込んでいってしまいます。
相手がいなくてはいくらやる気のあるオスでもした方がなく、自分の寝床へ戻っていって、一日が終わります。

寝床がサンゴの森の浅いところにある場合は、暗くなったサンゴの枝の間で、目を開けながら眠るニシキテグリの姿が見られて、これはこれで可愛らしいものです。
夕方のニシキテグリの見どころ4シーン
というわけで、夕方のニシキテグリの観察での見どころは、
- 男ぶりの良いオスの男っぷりが喧嘩に勝つ様子からわかる
- メスとオスの位置取りの駆け引きが不器用ながら一生懸命
- 放精放卵の一瞬を見逃すなの集中シーン
- やりきった後の安らかな寝顔
と、1時間程度で、かつ単一種にフォーカスを当てたダイビングでも十分な4つの山場のある野生の観察となります。
暗くなっても潜れるダイビングスキル
ここまで説明してきておわかりになったかもしれませんが、産卵終了時には真っ暗になります。ということで、ナイトダイビングの経験があることが推奨スキルの一つです。
一般的にはアドバンスドオープンウォータートレーニングを受けるときに学びますが、ナイトダイブの規制のあるエリアのスクールではアドバンスのトレーニングにナイトダイブが組み込まれていないこともあります。
経験本数が豊富な方でしたら、ライトの使い方、暗くなってからのダイビングの注意点の説明を受けたうえで、ガイドの直ぐ側からはなれないことで、ナイトダイビング未経験でも、参加可能の判断を出せるかもしれませんので、お問い合わせください。
ナイトを極めたい!という方には、ナイトダイバースペシャリティコースもあります(しかし、3ナイトダイブなので、認定までに最低3晩かかります)ので、興味のある方、お問い合わせください。
ウェイト重ため
ニシキテグリの観察ポイントの水深は4メートル前後と、かなり浅めです。日中のダイビングで、ウェイト量をジャスト中性浮力に設定している方は、2~3ポンド程度ウェイトを追加するのをオススメします。
通年ある繁殖シーズン
日本の沖縄エリアでは6~7月がニシキテグリの繁殖時期とのことですが、アニラオでは通年繁殖行動が見られます。ただ、嫌う時期があることもわかっていて、それは、満月まわりの明るい夜です。
それから、浅い海域に生息しているので、うねりの強い日はダメです。通年基本的にうねりの少ないアニラオで、適さない海況になるのは、台風接近時です。台風接近中は全世界どの海でもダイビング不適な海になりますので、アニラオだけの不利な点ではないですが、海外からいらっしゃる場合で、確率を下げたくない方は、台風が来なそうな11月~5月上旬で、月の暗い新月に近い日程を選択されるのが良いでしょう。
あとはその目に焼き付けるだけっ!
以上、野生のニシキテグリを観察するのに必要な知識をまとめました。たいてい産卵シーンだけが動画でアップされていますが、その恋の駆け引きや、ライバルとの争いなど、子孫を残そうと一生懸命に取り組むド派手な小さな命を見守るのは、参加して自分の目で見てこそ得られる経験です。
ニシキテグリの見られるポイントまでは、ヴィラマグダレナからボートで10分ほどです。海況がよほどひどくない限りはたいてい開催可能ですので、このブログ記事の内容が本当かどうか、ぜひご自分の目で確かめてみてください。
サンセットダイブの費用は、通常の日中ボートダイブに200ペソ追加で、1,800ペソです。
かわいいニシキテグリに出会うなら、ヴィラマグダレナで夕刻ダイビング。
以上が、ニシキテグリに関する総合的なガイドです。極彩色に進化した、ちょっとシャイだけれど恋愛に熱いニシキテグリをいつかその目に是非焼き付けてくださいね。
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